はいどうも、中小企業診断士のたかぴーです。
今回は「乗数理論と需給ギャップ」をテーマに解説していこうと思います。
これまでGDPや均衡国民所得といったマクロ経済の基本的な内容について解説してきましたが、今回はそれらを土台にして、さらに深掘りしていく内容となります。
乗数理論は、ある経済行動がどれだけ国民所得に影響を与えるのかを捉える考え方で、需給ギャップは、総供給と総需要のズレを示す指標です。
特に乗数理論は、ほぼ必ずといっていいほど毎年出題されていますので、超重要論点のひとつです。
いつもより少し長い記事とはなりますが、ぜひ最後までご覧ください。
均衡国民所得とは?
まずは前回の復習で、均衡国民所得です。
均衡国民所得とは、総供給と総需要が一致するときの国民所得のことを言います。
横軸に国民所得を取り、縦軸に総供給と総需要を取ると、総需要曲線と総供給曲線はそれぞれ以下のように表されます。
均衡国民所得は、この需要と供給が一致するときの所得ですので、ちょうど総需要と総供給の交点となりますね。
均衡国民所得を求める計算式も確認しておきましょう。
均衡国民所得は総供給と総需要が等しくなるときの所得のことを表すのでした。
総供給は国民所得 Y で表され、総需要は消費関数の計算式に投資額と政府支出額を足し合わせたものとなるのでしたね。
この計算式から均衡国民所得となる Y を導いてみましょう。

以上が均衡国民所得を計算するための計算式となるわけですね。
この計算式そのものを暗記しようとするのは難しいので、あくまで総供給と総需要が一致するときの均衡国民所得だということを覚えて、ここまでの計算式の変形をご自身でできるようになった方が、この後に続く内容を踏まえても、応用力が身に付きます。
ぜひ一度は、ご自身の手で式変形をやってみてください。
投資乗数と政府支出乗数
ここからは本題の乗数理論について見ていきましょう。
まず、投資乗数と政府支出乗数とは、投資や政府支出の増加に対して、均衡国民所得が何倍になるかを表す係数です。
先ほど確認した通り、均衡国民所得の計算式は以下のようになっています。
投資乗数も政府支出乗数も、どちらも「1 / (1 – c)」が乗数の値となります。
これだけだと何を言っているのかよくわからないと思いますので、実際に数字を当てはめながら考えていきたいと思います。
投資乗数の具体的な計算
今、限界消費性向cが0.8、それ以外の数値がすべて1だった場合を考えてみましょう。均衡国民所得の計算式に当てはめると、以下のようになりますね。
計算すると、均衡国民所得Yは11と求められます。
ここで、仮に投資額Iを1から5に増加させた場合を考えてみます。
計算式の中で1だった投資額が5に増加するわけですね。
これを計算すると、均衡国民所得は31となります。
そうすると、投資額が4増加しただけで、国民所得は20増加したことがわかります。
したがって、投資乗数は20÷4=5倍と計算できます。
このように、投資額や政府支出額を増加させたときに、国民所得が何倍になるかを表すのが乗数理論というわけですね。
政府支出乗数の具体的な計算
政府支出を増加させた場合も同じです。
さきほどと同じ条件で、今度は政府支出Gが5に増加した場合、計算すると均衡国民所得Yは31となります。
政府支出が4増加すると、均衡国民所得は20増加しました。
20÷4で、政府支出乗数も5倍と計算できるわけですね。
投資乗数と政府支出乗数の導き方
もう少し理解を深めるために、限界消費性向c = 0.8だけを代入した計算式を見てみましょう。
計算式に当てはめると、以下のようになります。

分母は「1 – 0.8」で0.2、つまり「1 ÷ 0.2 = 5」となります。
計算式を見てみてもわかる通り、この状態から投資額や政府支出額が増加すれば、その増加分の5倍、国民所得が増加するということが読み取れます。
ですので、投資乗数・政府支出乗数は「1 / (1 – c)」を計算した値ということが言えるわけです。
この乗数理論のポイントは、投資乗数や政府支出乗数が「1 / (1 – c)」であることを丸暗記するのではなく、均衡国民所得の計算式を自分で導き出し、そこから投資額や政府支出額が増加したときに、国民所得が何倍になるかを試験本番でご自身で算出できるようになることです。
まさに丸暗記ではなく、理解が重要な論点となりますので、ここで示した計算過程はぜひご自身でできるようにしていただければと思います。
租税乗数とは?(定額税)
続いて、租税乗数です。
租税乗数とは、税の変動に対して均衡国民所得が何倍になるかを表す係数となっています。
先ほどと同じように、均衡国民所得の計算式を用いたときに、以下の紫で塗りつぶした部分が租税乗数に関係します。
租税乗数を数式で表すと、「-c / (1 – c)」となるわけですね。
こちらも実際に数値を当てはめながら計算してみましょう。
先ほどまでと同じように、c = 0.8、それ以外の項目には1を代入すると、国民所得は11と計算できます。
ここで、租税であるTを0.5に減少させた場合を考えてみましょう。
計算すると均衡国民所得は13となります。
以上から、租税が0.5減少することで、均衡国民所得は2増加しているので、租税乗数は2 ÷ 0.5で4倍だということがわかります。
こちらもご自身の手で数値を代入しながら、租税乗数を計算できるようにしていただければと思います。
租税乗数の導き方
理解を深めるために、またc = 0.8だけを代入した計算式を考えてみましょう。
数値を代入するとこのようになり、分母は0.2で、1 ÷ 0.2 を計算すると 5ですね。
この5は、投資乗数や政府支出乗数と同じですね。
一方、Tには限界消費性向である0.8が掛け算されています。
つまり、租税が1単位減少したら、5 × 0.8 の 4倍、国民所得が増加するということが言えます。
ですので、租税乗数は「-c / (1 – c)」と表すことができるわけです。
均衡予算乗数とは?
最後に、均衡予算乗数を見ていきましょう。
均衡予算乗数は、政府支出の増加と同額の増税に対して、均衡国民所得が何倍になるかを表す係数です。
均衡予算とは、政府支出の増加と同じだけ税金を上げることを表します。
そういったときに、均衡国民所得がどうなるかを見ていくわけです。
先ほどまでと同じ条件で、確認してみましょう。
今回は、政府支出Gと租税Tをそれぞれ同じ金額5に増加させたケースを考えてみます。
そうすると計算式は以下のようになり、計算すると均衡国民所得は15と求められます。

つまり、税金と政府支出をそれぞれ4増加すると、均衡国民所得も4増加することがわかるので、4 ÷ 4で、均衡予算乗数は1倍であることがわかります。
これは、税や政府支出の増加額がどのような値であっても常に成り立つ法則ですので、
もう少し詳しく見てみたいと思います。
均衡予算乗数の定理の確認
計算式を使いながら確認してみましょう。
まず、先ほどまでで、政府支出乗数は1/(1-c)、租税乗数は-c/(1-c)であることを確認しました。
今回は、政府支出Gと租税Tがそれぞれ同じ金額Aだけ増加させたケースを考えてみます。
そうすると、政府支出乗数×Aと租税乗数×Aの分だけ国民所得が増えると考えられます。
これを計算してみましょう。

分母が同じ1-cなので、これでまとめてから、分子側を(1-c)で括ってあげると、分母と分子に1-cが出現するので約分が出来そうですね。
実際に約分すると、Aだけが残りました。
つまり、税金と政府支出をそれぞれ同じ金額増加すると、均衡国民所得はその分だけ増加するということが言えるわけです。
つまり、均衡予算乗数は1倍になるというわけですね。
この法則が常に成り立つことを「均衡予算乗数の定理」といいます。
この定理の名称自体は覚える必要はありませんが、「均衡予算乗数は常に1倍」ということを覚えていれば、試験問題を早く解くことができるようになります。
ただし、ここでもやはり重要なのは、ご自身で数値を当てはめながら、均衡予算を編成したときに国民所得がどう増えるかを計算できるようにすることです。
ここでお示しした証明問題がそのまま出る可能性はほとんどありませんが、ぜひお見せしたように、条件に当てはめながら国民所得の増加分を計算できるよう訓練していただければと思います。
需給ギャップとは?
続いて、もう一つのテーマである需給ギャップです。
需給ギャップとは、理論上の最大供給量と、実際の需要との差分のことを言います。
横軸に国民所得を、縦軸に総供給と総需要をとると、総需要曲線と総供給曲線は以下のように描かれますね。
このとき、総需要と総供給が交差する点を「均衡国民所得」と呼ぶのでした。
ここで、「完全雇用国民所得」について、考えてみます。
完全雇用とは、働きたい人が全て働けている状態のことを言います。
働きたい人がすべて働けていて、労働力も企業の持っている設備もフル稼働しているときの国民所得を「完全雇用国民所得」と呼ぶわけですね。
そのときの供給量は、総供給の理論値と考えることができます。
デフレギャップとは?
完全雇用国民所得における需要量を考えたときに、今は需要が足りていない状態だということが読み取れますね。
この差分をデフレギャップといいます。
なぜ「デフレ」という言い方をするかというと、供給量に対して需要が足りていないため、企業側は値下げをしないと売れない状況にあるからです。
物価が下がることを「デフレーション」と言いますので、そこから「デフレギャップ」という名称がついていると理解しましょう。
このデフレギャップが生じているときは、政府は政府支出を増加させるなり、減税を行うなりして、総需要曲線を上方向にスライドさせ、需要を押し上げて国民所得を増加させるような政策が求められると言われています
こうすることで、理論上は均衡国民所得を押し上げることができますね。
インフレギャップとは?
続いて、もう一つのパターンを見てみましょう。
今度は、均衡国民所得がいあの位置にあり、その左方向に完全雇用国民所得があるとします。
そうすると、総供給の理論値はこの位置となり、完全雇用国民所得における需要量のほうが大きいことがわかりますね。

この差分のことをインフレギャップといいます。
今度は、先ほどとは反対に需要のほうが大きい状況のため、値上げをしてもモノが売れる状態です。
物価が上がっていくことを「インフレーション」と言いますので、このような名称がつけられていると考えましょう。
このような場合、政府は景気が加熱していると判断し、政府支出を減らしたり、増税をすることで、総需要曲線を下方向に押し下げて、適正な水準に抑えるような政策が求められると言われています。
ちなみに、均衡国民所得下の供給量が、総供給の理論値よりも高いことに違和感を覚えた方もいらっしゃるかもしれません。
これは、労働者が無理な労働を強いられていたり、過剰に機械設備を酷使しているなど、短期的に経済が限界以上に動いている状態であると理解していただければと思います。
試験対策としては、グラフからデフレギャップ・インフレギャップを読み取れるようにしていただければと思います。
需給ギャップの計算式
先ほど確認した需給ギャップについては、計算式が問われる場合があります。
需給ギャップの計算式としては、(実質GDP − 潜在GDP)/ 潜在GDP と表されます。

ここで、潜在GDPとは総供給の理論値のことです。
実質GDPは、均衡国民所得における需要量をGDP換算したものと理解していただければと思います。
つまり、需給ギャップはあくまで総供給と総需要の差分のことを言っているのですが、それをGDPに置き換えて考えているということです。
計算式を見ていただくとわかる通り、実質GDPが潜在GDPより小さいとき、需給ギャップはマイナスの値となります。
この場合は「デフレギャップ」が生じているということになります。
先ほど描いた図で確認してみると、上図のような形となります。
潜在GDPのほうが大きいので、需給ギャップはマイナスの値となり、そのときのことを「デフレギャップ」と呼ぶのでした。
今度は反対に、需給ギャップがプラスのときは、「インフレギャップ」が発生していると読み取ることができます。
こちらも図を描いてイメージすると、潜在GDPのほうが小さいため、インフレが生じていると読み取れますね。
潜在GDPが「総供給の理論値」であること、そして実質GDPが「需要量をGDP換算したもの」であるということを覚えていただいたうえで、
ぜひ、計算式と図をセットで考えて、需給ギャップの考え方をご理解いただければと思います。
過去には、「潜在GDP」と「実質GDP」の順番を入れ替えて出題されたこともありますが、実際に図を描きながら確認してみることで、間違った選択肢であることに気づけたかと思います。
この需給ギャップの論点は、乗数理論ほど出題頻度は高くありませんが、出題されたときの問題の難易度はそこまで高くないケースが多いです。
少しややこしく感じる部分がある内容ですので、一発で理解できなかったという方は、本記事を繰り返しご覧いただくことで、理解を深めていただければと思います。
過去問を解いてみよう (平成28年度 第8問 設問1)
それではここまでの内容を、過去問を解いて復習してみましょう。
財市場における総需要Aが以下のように定式化されている。
A=C +I+G 【C:消費、I:投資、G:政府支出】
ここで、消費C を以下のように定式化する。
C=C0+cY 【Y:所得、C0:独立消費、c:限界消費性向 (0 <c<1)】
このとき、総需要はA=C0+cY+I +G と書き改めることができ、総需要線として下図の実線AAのように描くことができる。
下図の45度線(Y=A)は、財市場で需要と供給が一致する均衡条件を示しており、実線AAとの交点Eによって均衡所得が与えられる。なお、簡便化のために、限界消費性向cは0.8 であると仮定する。
政府支出乗数と租税乗数の値として、最も適切なものはどれか。ア 政府支出乗数と租税乗数はともに4である。
イ 政府支出乗数と租税乗数はともに5である。
ウ 政府支出乗数は5、租税乗数は4である。
エ 政府支出乗数は5、租税乗数は2ある。
乗数理論に関して適切な選択肢を選ぶ問題ですね。
✅政府支出乗数
均衡国民所得の計算式を描いてみたときに、政府支出乗数はこの緑で塗りつぶした部分が該当すると考えることができました。
問題文に「限界消費性向c = 0.8」と記載がありますので、これを当てはめてみると「1 / (1 – 0.8)」と表すことができます。
計算すると、政府支出乗数は5と求めることができます。
✅租税乗数
租税乗数は「-c / (1 – c)」となるのでしたね。
こちらも限界消費性向cに0.8を代入すると、「0.8 / (1 – 0.8)」と表すことができ、計算すると租税乗数は4と求めることができます。
ですので、政府支出乗数が5、租税乗数が4と計算できましたので、選択肢ウがこの問題の正解となりますね。
均衡国民所得の計算式の中で、どの部分が乗数になるかがわからなくなってしまった場合は、実際に独立消費や投資、税金、政府支出をすべて1として均衡国民所得を計算し、そこから政府支出や税金を1増加させたときに、均衡国民所得が何倍になるかを計算すれば、乗数の値を確認することができます。
試験本番で焦ってしまったときのために、実際に数値を当てはめながら乗数を確認する方法も身につけておくと安心ですね。
過去問を解いてみよう (平成25年度 第3問)
今回はもう1問、解いてみましょう。
いま、総需要D は、GDP をYとするとき、D=50+0.8Yで与えられるものとする。
完全雇用GDP を300 としたときの説明として最も適切なものはどれか。
ア 均衡GDPは250であり、10のインフレギャップが生じている。
イ 均衡GDPは250であり、10のデフレギャップが生じている。
ウ 均衡GDPは250であり、50のデフレギャップが生じている。
エ 均衡GDPは300であり、50のインフレギャップが生じている。
今度は需給ギャップに関する問題ですね。
まず、問題文に書かれている内容をグラフで表してみます。
均衡国民所得は、総需要曲線と総供給曲線の交点で決まるので、まずはこちらを計算してみましょう。
均衡国民所得をYすると、Y = 50 + 0.8Yと表されます。
この方程式を解くために、右辺の0.8Yを左辺に移項すると、0.2Y = 50となり、Y = 250 と計算できます。
つまり、均衡国民所得は250ということがわかります。
ここで、完全雇用GDPが300とあるので、完全雇用国民所得は均衡国民所得より右側にあることがわかります。
この時点で、デフレギャップが生じていることが読み取れますね。
完全国民所得のときの総供給量も300となります。
これは総供給曲線上は、常に所得と総供給の値が等しくなるためですね。
総需要は、完全雇用国民所得である300を、総需要曲線の式に代入することで計算できます。
計算すると、290 となります。
したがって、供給300に対して需要が290となり、その差である10が「デフレギャップ」ということになります。
以上から、選択肢イが、この問題の正解となります。
このように、需給ギャップに関する問題も、グラフを描きながら整理することで、間違いが起こりにくくなりますので、ぜひ参考にしてみてください。
まとめ
それでは最後にまとめです。
今回は、「乗数理論」について学習しました。
乗数理論とは、投資や政府支出、税金の変化が、国民所得にどれだけ影響するかを表す係数のことです。
均衡国民所得の計算式を各乗数は以下の通りとなるのでした。
・投資・租税乗数:1 / (1 – c)
・租税乗数:-c/(1-c)
・均衡予算乗数:1
この辺の乗数は、記号で丸暗記するのではなく、「なぜそうなるのか」をしっかりと理解し、最低限、具体的な数値を当てはめながら、ご自身で乗数の値を計算できるように訓練してみてください。
そうすることで、試験時の応用力も養われるかと思います。
さらに今回は「需給ギャップ」についても確認しました。
需給ギャップとは、理論上の最大供給量と、実際の需要量との差分のことでしたね。
需給ギャップの計算式は、(実質GDP − 潜在GDP)/ 潜在GDPと表され、需給ギャップがマイナスであればデフレギャップ、プラスであればインフレギャップと読み取るのでした。
ここで重要なのは、均衡国民所得と完全雇用国民所得の違いを理解した上で、完全雇用国民所得のときの供給と需要の差が「需給ギャップ」であるということでした。
このことを理解したうえでグラフを読み取れるようになれば、このテーマに関しても、ある程度問題に対応できるようになるかと思います。
はい、というわけで今回は、乗数理論と需給ギャップについて解説しました。
冒頭でも触れたように、特に乗数理論に関しては超重要論点です。
また、ここまでの内容が理解できているかどうかで、この後に続くIS-LM分析などの各種論点の理解度も変わってきます。
ぜひ、もう一度見返したいと感じる部分がありましたら、この動画を繰り返しご覧いただくだけでなく、場合によっては過去にアップした関連記事もありますので、以下からチェックして理解を深めていただければと思います。


